2015年9月12日(土)時点での、茨城県常総市からの報告
皆様、ご心配や励ましのご連絡、ありがとうございます。以下は、コモンズ代表理事の横田からの第6報です。
なお、現在横田は電話での連絡が付きにくくなっています。お急ぎの方は事務局長の大野の携帯(080-3367-0782)までご連絡ください。なお、コモンズ代表eメール・アドレス<info@npocommons.org>にお送りいただくと、横田も大野も同時にeメールを確認できます。
自宅(水海道森下町)まわりの水位が下がっている。市内の状況を調べ、写真に記録することを目標に、息子が以前通学に使っていた自転車に乗って森下町、橋本町、新井木町、渕頭町、山田町、天満町、諏訪町そして市役所へ行く。八間堀川に近い橋本町、新井木町がかなり浸水している。
私の自宅はやや高いところにあり、市役所の方向に南下しようとすると緩やかな下り坂になる。そして鬼怒川と小貝川をつないでいる「新八間堀川」(八間堀川とつながる川)に橋が3本かかっているが、2本の道は橋の北が池のようになっていて進めない。橋本町で出会ったPTA仲間によると、新八間堀川に流す水路の排水溝が閉まっていない状態で水位が上がったため、地下水路を通じて水が逆流し、急に出てしまったようだ。もともと低い土地で地下から水が溢れ、溜まる。それゆえ避難する間もなく車や家(ひどいところは1階天井まで)が水に浸かった。森下町で突然水が増えた原因はこれのようだ。その水を逃がすために、ポンプで水を川に流している。これで水が引くかどうか。
豊水橋につながる旧354号を超えて市役所に向かう。議事棟が避難所になっている。森下町の知人に会い、先程撮った写真を見せる。別のお年寄りに、自分の家も撮ってきてと頼まれる。みな自宅の状況が一番知りたい。市役所を出て、郵便局のある交差点を新井木方面に進む。きぬ医師会病院は中も泥だらけ。その先の新井木交差点は水没。
きぬ医師会病院の裏手に進むと、相野谷町の東にある田が湖のよう。その南にある新井木もかなり広く浸水し、水面に家や浮かんでいる。今日もたくさんのヘリが上空にいて、自衛隊のボートが行方不明者を探している。
そんな中、若い2人の男性に合う。家に残してきた犬を救うため、サンダルで水に入ろうとしていたので止める。自衛隊の船着き場に行き、住民をボートに乗せて、救助に行ってもらえるよう頼んだ。それが許されたのに、今度は若者がいない。仕方なく、堀に沿って進み294バイパスに出る。新井木交差点は低地だが、294バイパスを渕頭あたりまで上ってくると、既に水はない。大型スーパーの駐車場に、他市派遣の給水車があり、水をもらう。しかし誰も来ていない。自転車に水の袋を乗せ、バイパス沿いを進む。山田町でブラジルの方の経営する床屋さんがあり、荷物が出されていた。そこに水を置く。天満町、山田町も水が引いて間もないようで、帰って掃除をしている人は少なかった。帰ってきた人に給水車が来ていることを伝えると、みな知らなかった。家を見てきて欲しい人の家を探し、写真を撮り市役所の避難所に行くと、頼んだ人がいない。
入口で、給水車の案内を市内に放送してほしいと窓口で話すと、しばらくして流れる。午前中市役所の電源にトラブルがあったのか。市の宣伝車も水没し、住民に伝える手段がないという。これが今回の災害を象徴している。高いところにバックアップ施設や非常電源を持たない中で、想定していない堤防決壊と、中心部での水の急増による市役所の水没、これで電源や車を使えなくなった市役所から十分な情報が出ず、外部からも入れない状態。これが9月10日から12日まで続いた。
市役所で日本財団の方と合流。各地から来たボランティアが、市役所の片付けをされていた。対策室に行き、市長に情報が市民に伝わりにくいので、こちらでも大事な情報を流したいと話すと、ぜひやってほしいとのこと。自転車なら自由に動ける自分が足で情報を集め、口で会う人に伝える。原始的なことだが、しないよりは良い。早速、自分も知りたいゴミの収集がどうなるかなど確認。市民活動課などに立ち寄る。日本財団の方に車に乗せていただき、常総市災害ボランティア・センターを準備している場へ。全国から応援に来ているエキスパートの方、東日本大震災以来の方と再会。どのようにボランティアにセンターまで来てもらうかなどを話す。
NGOの方に依頼していた、水が出なくてもトイレを使えるようにするセットがたくさん届いた。ありがたい。これやマスク、ぞうきんなどを家に戻って作業する人に配りながら、ニーズ集めをすることにしよう。
その後、再度市役所に忘れ物を取りに行き、今日撮った写真データを広聴課に渡し、守谷へ。
そこでコモンズ・スタッフの大野や日本NPOセンターの方と話し、スタッフ宅でシャワーを借り、また水海道森下町へ送ってもらう。これで3泊目だ。だんだん生ゴミの臭いがしてくる。ゴミを出したい。
まちを歩くと、子供会やPTA仲間に出会う。車を何台もだめにした人、新築の家がどうなったか避難所で心配する人、防げた浸水だと怒る人、話を聞くのが辛いが、知っている人だから、互いに困ったいるから話せることがあると思う。泥が片付いたとしても、なんでこんな目に、という心の傷は残る。それを癒すには、仲間だと思える存在、関係が重要と思い、今後の活動のコンセプト、「誰かに助けてもらう」だけでなく「ともに助け合う」への想いが強まった。「一緒に」を意味 するポルトガル語「juntos」を合い言葉にしたい。
一気に趣旨書や必要機材リストを考える。
電気も、水も、休める家もない(避難所は電気、トイレ、食事はあるが、狭いし気を使う。自宅は夜暗く寂しい、トイレが困る,その意味で、早く車で親戚の人のところに行った人は衣食住の面は良いが、自宅や市の情報が得にくい。)という生活状態と、大事にしていたものを失った悲しみ、これを多くの常総市民が今共有している。災害面ではピンチだか、バラバラだった地域の関係を変えられるチャンスだと考えたい。
茨城NPOセンター・コモンズは、組織の壁・心の壁を越えて、人がつながり、ともに行動する社会を目指します。